【判決温故知新】下垂体腺腫治療法の説明義務違反と死亡との因果関係を肯定した事例

福岡地裁小倉支部平成15年6月26日判決

【出典】判例時報1864号124頁

17歳女性がプロラクチン産生下垂体腺腫に対して開頭手術が実施されたところ、術後脳梗塞を合併して死亡。下垂体ホルモン内分泌検査を怠り、薬物治療の選択肢を説明しなかった説明義務違反を認定。適切な説明を受けていれば、開頭手術を選択しなかった可能性は多分にあったとして、説明義務違反と死亡との因果関係を肯定。約7200万円の賠償を命令。1審で確定。

亡Fの主治医である被告E医師は,血中プロラクチン値の測定を含む下垂体ホルモンの内分泌検査を怠り,速やかになすべきプロラクチン産生腺腫の確定診断を遅らせ,未確定で不十分な病状の把握を前提に開頭手術を実施するという治療方針を立て,プロラクチン産 生腺腫の確定診断に基づく治療方針の再検討を行わなかったばかりか,亡Fの治療に関して説明義務を負う相手方である原告らに対し,実施予定の治療行為であ る開頭手術を受けるか否かを熟慮し,決断する前提として必要な説明をせず,必要な説明を前提とした同意を得なかったものであり,治療方法の選択,決定段階 における医師の注意義務に違反した過失があるというべきである。

(中略)

ア 本件においては,本件開頭手術が実施されたことにより,術後脳梗塞が発生し,その後,脳梗塞の検査や診断を怠り,外 減圧開頭手術の実施が遅れたという被告E医師の過失を経て,亡Fを死亡させるに至ったものであるから,本件開頭手術の実施が亡Fの死亡の根本的な原因と なった行為であるといわざるを得ない。
 すなわち,前判示のとおり,本件開頭手術の手術操作上の注意義務違反は認められないとしても,本件開頭手術を選択し,実施していなければ,上記の経過をたどって亡Fが死亡することもなかったというべきである。
イ 平成4年当時,下垂体腺腫に対する手術の多くは経蝶形骨洞法によるものであったこと,本件のような大型で浸潤性のプロラクチン産 生腺腫に対しても経蝶形骨洞法の適応を肯定する見解が存在したこと,身体に対する外科的侵襲を伴わないブロモクリプチンによる薬物療法を第1次的に行うと いう見解も存在したこと,開頭手術は,麻酔による合併症,再出血,痙攣,脳浮腫,感染,尿崩症,内分泌異常,精神症状や,眼球運動障害という重篤な後遺障 害を発生させる危険性のある治療方法であること(被告E医師本人)は,前記認定のとおりである。これらの事実に加えて,原告Aは,6月22日に被告E医師 から開頭手術の必要があるとの説明を受けてショックを受け,書店で文献を調べたり,知人に相談したりしたものであり(前記認定),開頭手術を受けることに ついて必ずしも積極的な姿勢ではなかったこと(原告AがI教授による執刀を希望したのは,頭蓋咽頭腫が最も疑われ,その場合に開頭手術が必要になるとの説 明を受けた後のことであるから,原告Aの開頭手術の実施に対する積極性を示す行為ではない。),原告らがいずれも医師であり,開頭手術の必要があるとの説 明を受けたその日のうちに,I教授が開頭手術の権威であるとの情報を知人から得ていたことからみても,代替的治療方法の説明を受けていれば,その治療方法 を実施している医療機関などについて自ら調査する意欲と能力を有していたといえること,さらには,その場合には,亡Fに別の医療機関を受診させる可能性が あったといえることなどの事情を併せて考慮すれば,確定的かつ正確な病名及び病状の説明がなされ,それを前提にして,開頭手術以外の代替的治療方法である 経蝶形骨洞手術やブロモクリプチンによる薬物療法の内容,利害得失,予後等の説明がなされていたとすれば,原告らは,本件開頭手術に同意するのではなく, 他の希望を申し出た可能性は多分にあったというべきであり,亡Fの死亡の根本的な原因となった本件開頭手術の実施が避けられた可能性は十分にあったという べきである。



弁護士 堀 康司
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